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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)3040号 判決

控訴人 深澤範男

被控訴人 株式会社全優社丸十製作所

主文

原判決を取り消す。

千葉地方裁判所が同裁判所昭和五二年(手ワ)第一七号約束手形金請求事件につき昭和五二年一一月二四日言渡した手形判決を認可する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

第二当事者双方の事実上の主張は次に付加、訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決三枚目表一行目及び同三枚目裏五行目の「施」を「旋」と訂正し、同四枚目表七行目の「抗弁(一)(二)の事実は認める。」を「抗弁(一)の事実中、本件約束手形が、被控訴人主張のころ控訴人と被控訴人間で締結された動力電気工事契約に基づき被控訴人において振出されたものであることは認めるが、その余の事実は否認する。本件約束手形は工事代金の内入金支払いのため振出したものである。同(二)の事実中、被控訴人がその主張のころその主張の事業を開業する準備のため被控訴人栄町工場の自動旋盤機一八台の動力電気工事を控訴人に依頼したこと、工事代金の支払いのため本件約束手形及び被控訴人主張のアの金額一五万円の約束手形を交付する約定であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。電気を引き込む自動旋盤機は二五台であり、工事金額の定めなく、完工期日は昭和五一年二月二八日の約であり、本件約束手形及び金額一五万円の約束手形は工事代金の内入金支払いのため振出す約旨であつた。」と訂正し、同四枚目表七、八行目の「同(四)の事実のうち」から同九行目の「その余の事実は否認する。」までを「同(四)の事実中、昭和五一年一二月二〇日被控訴人主張の事件につき工事代金として一五万円を支払い、残工事は双方協議のうえ続行する旨の和解が成立したこと、そのころ被控訴人に対し一五万円を支払つたことは認めるが、その余の事実は否認する。」と訂正し、同四枚目表一〇行目の「同(五)の主張は争う。」の次に「控訴人のなすべき工事は自動旋盤機の動力電気工事であつて、被控訴人が自動旋盤機を工場に据え付けなければ、控訴人の工事を施工完成させることができないものであつたところ、被控訴人は控訴人に右動力電気工事を依頼した後、なかなか自動旋盤機を据え付けず、外線工事のほか内線工事の整備も了した控訴人の問い合わせに対しても、据え付けの猶予を求めるのみで徒らに日時が過ぎ、控訴人の損害も嵩むばかりなので、金額一五万円の約束手形の支払いを求めて、市川簡易裁判所に訴えを提起し、前記和解によつてその請求については一応の解決をみたものであり、以上のような事実関係のもとでは被控訴人は本件約束手形金の支払義務を免れないというべきである。」を付加する。

二  当審において、新たに付加した陳述

1  控訴人の陳述

(一) 控訴人が請負つた本件動力電気工事の内容は、被控訴人が栄町工場に設置予定の自動旋盤機二五台についての電気配線工事(アース配線工事を含む)及びそれに必要な配電器具設備であり、その明細は別表記載のとおりである。即ち、配線工事については、外線から屋外メートル器、屋外メートル器からメイン分電盤、メイン分電盤から各自動旋盤機の配電凾を連絡する配線(長さ各約一〇メートル、太さ外線からメイン分電盤までは直経約三・五センチメートル、メイン分電盤から配電凾までは直経約二センチメートルのビニール被覆の電線)工事及び各自動旋盤機についてのアース配線工事であり、配電器具設備については、屋外メートル器一個、一五〇アンペアーのメイン分電盤(漏電ブレーカー、スイツチ各一個を含む)一個、配電凾(コンデンサー二五個を含む)二五個である。控訴人は右各工事のうち別表番号1ないし8の各工事を完了し(これに伴い番号11の東京電力船橋支店に対する送電等の申請手続をした)、残工事は同表番号9、10の各工事即ち各配電盤から各自動旋盤機までと各自動旋盤機とアースの配線接点までの各配線工事を余すのみであつて、いずれも自動旋盤機が据え付けられれば通電し作動が可能であつた。なお、各自工事の出来高はほぼ一〇〇パーセントであつてその工事等費用額は別表番号1ないし8及び11の各下欄記載の工事等費用額合計七六万五〇〇〇円相当である。(二)控訴人は、昭和五一年一二月二〇日市川簡易裁判所で成立した和解に従い、被控訴人に対し工事の続行につき協議を求めたが、被控訴人がこれに応ぜず、最終的には工場そのものを取り毀したため、控訴人において該工事を続行することができなくなつたものである。従つて、被控訴人は控訴人に対し、本件手形金支払いの義務を負うものというべきである。

2  被控訴人代理人の反論

(一) 控訴人が旋工したのは、配電盤の漏電ブレーカー及び鉄箱三極開閉器取替え工事のみであり、被控訴人は右工事代金として金一五万円を前記和解に従つて支払いずみである。(二) 被控訴人が控訴人との間において、前記和解に定められた工事続行に関する協議をしなかつたことは事実であるが、被控訴人は、控訴人に対し工事の続行方を督促したものの、控訴人がこれに応ぜず、工事を完成しなかつたのであるから、被控訴人に対し本件手形金支払いの義務はない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  被控訴人が本件約束手形(二通)を振出し、控訴人が本件約束手形を所持していること、控訴人が本件約束手形を支払呈示期間内に支払場所に呈示したこと、本件約束手形は、昭和五一年二月ころ控訴人と被控訴人間で締結された動力電気工事(以下「本件工事」という。)契約に基づき、その工事代金支払いのため、被控訴人が振出したものであること、本件工事は、右同月ころ、被控訴人が訴外中野製作所及び有限会社谷ニー製密と共同で文房具の挽き物業を開業することとなり、その準備のため依頼されたものであることは、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件工事契約の内容及び本件工事の施工状況を検討するに、成立に争いのない乙第一号証、郵便官署作成部分の成立は争いなくその余の部分は当審における控訴人本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第五号証の一、二、同本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第三、四号証、原審証人深沢義長、同高柳冨男の各証言、原審及び当審における控訴人、被控訴人代表者野口秀雄各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

本件工事契約は、昭和五一年二月上旬に締結されたもので、船橋市栄町二丁目一〇番九号所在の被控訴人の工場において、自動旋盤機二五台の動力電気工事を施工することを目的とするものであり(この点は自動旋盤機の台数の点を除き、当事者間に争いがない。)、完工期日は昭和五一年二月二八日、工事代金額の定めなく、工事代金の一部として一五万円を昭和五一年五月三一日、二〇万円を同年六月三〇日、二〇万円を同年七月三一日にそれぞれ支払い、右支払いのため各弁済期を支払期日とする被控訴人振出しの金額一五万円、支払期日昭和五一年五月三一日の約束手形(被控訴人主張のアの手形)及び本件約束手形二通。(同イ、ウの手形)(以上の手形金額合計五五万円)を控訴人に交付し、工事代金の残額は本件工事完成と同時に支払う約定であつた(本件工事契約の工事代金の全額か一部かは別として、右代金支払いのため金額一五万円の約束手形及び本件約束手形を交付する約定であつたことは、当事者間に争いがない。)。控訴人は契約後直ちに着工し、完工期日の昭和五一年二月二八日までには本件工事のうち別表番号1ないし8の各工事を順次施工し、自動旋盤機二五台が据え付けられれば本件工事が完成する直前の工程まで完了し、残工事は別表番号9、10の各工事を余すのみとなつたが、右残工事を施工するためには、自動旋盤機二五台を据え付けたうえ通電する必要があつたことから、控訴人は送電開始を昭和五一年二月二八日と予定して訴外東京電力船橋支店に別表番号11に関する送電申込み手続をするとともに、被控訴人に対し右同日までに自動旋盤機二五台全部を前記被控訴人工場に据え付けることを申入れたが、被控訴人は自動旋盤機三台を据え付けたのみであつたため、当日送電を受けられないことになり、右残工事も施工するに至らず、その後も被控訴人は残二二台の自動旋盤機を据え付けないままであつた。

このため控訴人は、被控訴人を相手どつて、市川簡易裁判所に対し金一五万円の約束手形金の支払いを求める訴訟を提起し(同裁判所昭和五一年(手ハ)第四号事件)、同事件につき昭和五一年一二月二〇日控訴人と被控訴人間に、被控訴人は控訴人に対し、本件工事代金の一部として一五万円の支払義務あることを認め、右金員を昭和五二年四月末日限り支払うこと、控訴人と被控訴人は本件工事について引き続き協議のうえ進行させることを確認する旨の和解が成立し、被控訴人は右一五万円を控訴人に支払い(上記事件につき上記期日に被控訴人が工事代金として一五万円を支払い、残工事は双方協議のうえ続行する旨の和解が成立したこと、そのころ被控訴人が控訴人に対し一五万円を支払つたことは当事者間に争いがない。)、控訴人に対し本件工事の続行を催告したが、前認定のとおり控訴人としてはその後も被控訴人が自動旋盤機を据え付けないため、残工事を続行して本件工事を完成することができなかつたことから、昭和五二年一月一七日には改めて書面で被控訴人に対し早急に自動旋盤機を据え付けることを要請したが、被控訴人からは誠意ある応答は示されないままであつた。このようにして、本件工事は完成をみないまま推移したが、控訴人は契約関係を終熄し、出来高分の清算を図る目的で昭和五二年二月八日本件手形訴訟を提起し(訴提起の日は記録上明らかである。)、他方、被控訴人は、控訴人による本件工事の続行を締め、昭和五二年八月五日ころ訴外京葉電機工業社こと高柳富男に対し、当時納入ずみの自動旋盤機三台についての動力電気工事を別途依頼して施工させた後、昭和五四年五月ころ工場を他に売却処分した。

以上のような事実を認めることができる。

被控訴人は、控訴人が配電盤の漏電ブレーカー及び鉄箱三極開閉器取替え工事を施工したのみである旨主張するが、乙第三証(写真)はそれのみで右主張を肯認しうる資料となし難く、原審証人高柳富男、原審及び当審における被控訴人代表者野田秀雄本人の各供述部分は原審及び当審における控訴人本人尋問の結果に照らし信用することができない。このほか原審及び当審における被控訴人代表者野田秀雄本人の供述中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実によれば、本件工事代金(その額の定めはなかつたが、実際に必要であつた費用に相当な利潤を加えるなど各場合に応じて合理的な額を支払う約旨であつたと解される。)は、昭和五一年二月二八日の完工期日に本件工事の引渡しを受けた後、うち一五万円は前記認定の約定に従い、その余の金額は前記認定の各支払期日又は本件工事完成の時にそれぞれ支払うことと定められていたのであるから、一種の後払い方式であつたことが明らかである。このような報酬後払いの請負契約においては、仕事の完成が先履行の関係にあるものであり、請負人が仕事を完成しない以上、注文者は報酬支払義務の履行を拒絶することができ、その履行拒絶を許容することができない特段の事情がない限り、注文者は該報酬支払いのため振出した約束手形金の支払義務をも負わないものと解するのが相当である。しかし、請負人の仕事が現実には完成していないが、それが主として注文書の責に帰すべき事由によるものであり、それに基因して、契約上の信頼関係が崩壊し、請負人において契約関係の清算を望み、注文者もまた請負人による仕事の続行に期待をかけず、あたかも両者間において請負契約の合意解除があつたと同視しうるような事態に立ち至つた場合には、仕事の出来高が約束手形金額に達している限り、注文者が報酬支払義務の履行を拒絶することを許容することができない特段の事情がある場合に該当し、注文者は報酬支払義務の履行のため振出した約束手形金の支払義務を免れないものといわなければならない。

これを本件においてみるに、前記認定の事実関係によれば、控訴人は完工期日までに本件工事のうち別表番号1ないし8の各工事を完了し、被控訴人による自動旋盤機二五台の据え付けを待つばかりの完成直前の工程まで施工したにも拘らず、専ら被控訴人が自動旋盤機二五台を据え付けなかつたために、別表番号9、10の残工事を続行して本件工事を完成することができなかつたものであり、しかも被控訴人は控訴人の再三の要請にも拘らず、その後も誠意ある態度を示すことなく右自動旋盤機を据え付けないまま日時を徒過したことから、控訴人が本件手形訴訟を提起するに至つたものであるから、控訴人、被控訴人間の本件請負契約上の信頼関係はすでに崩壊したものというべきであり、さらに本件工事をめぐる紛争の経緯に徴し、控訴人、被控訴人はいずれも本件請負契約の継続を期待していないことは明らかである。したがつて、右両者間においてはすでに本件請負契約の合意解除があつたと同視しうる状態にあるものというべきであり、しかも本件工事の出来高は約七三万五〇〇〇円相当(別表番号1ないし8の各工事の費用合計額)であつて、被控訴人主張の前記アの手形及び本件約束手形金額合計額五五万円を優に超えており、結局、被控訴人には、前判示の注文者が報酬支払義務の履行を拒絶することを許容することができない特段の事情があるものというべきである。

したがつて、被控訴人は本件工事の注文者として請負人の控訴人に対し、報酬支払義務履行のため振出した本件約束手形金合計四〇万円及び内金二〇万円に対する満期日の翌日である昭和五一年七月一日から、内金二〇万円に対する同じく同年八月一日から各支払ずみまで手形法所定年六分の割合による利息金の支払義務があるものというべきである。

なお被控訴人の本件工事契約の残部分は解除されたとの主張は前記認定事実からその理由のないことは明らかである。

三  以上の次第で、被控訴人の本訴請求は、これを正当として認容すべきであり、主文第二項掲記の手形判決はこれを相当として認容すべきであるから、これと趣旨を異にする原判決は失当であつて、本件控訴は理由があるから、民訴法三八六条により原判決を取消すこととし、訴訟費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中島恒 塩谷雄 涌井紀夫)

別表〈省略〉

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